ロシア語検定

学校で4年間しっかりやってきたつもりですが、それもそろそろおよそ4半世紀前の
遥か昔の話で、今現在、いわゆる「全くの初心者」ではないけれども、彼の国も
国の体制を含め様々な文化の変遷、加速後的な新語の発生も含めて、既に
「中級者」ともとてもとても名乗れない中、自分に少し時間や気持ちの余裕が
出来た所で「思い出し学習」を始めたけれども、じゃ「今は一体どのレベルなのか」
という事が気になり、これも「検定」を受けてみることにしました。

ロシア語能力検定試験(東京ロシア語学院)
http://www.tokyorus.ac.jp/kentei/index.html

1~4級のランクがあって、5月と10月に試験があるようですが、1級・2級の
試験については10月試験のみ。。

まずは過去問を手に入れることが出来るという事なので、早速入手しました。

Rusken1

2級…はちょっと情けない話、厳しいかも知れない・・・露文和訳と聴取はほぼ
問題なさそうだけども、和文露訳と口頭作文。。これがキツイ。

でもちょっと頑張ってみるかな。。


中国語検定については、前回のこれがまだ尾をひいていてモチベーション激減中
なので、3月は受験せずにその次の回(6月)にしようか、と考えているので、

6月 中検2級
10月 露検2級か3級

こんなスケジュールを立ててみますが、結果はどうあれ…と極めてユルい感じで
行くつもり。。
…とにかくどちらも少しでも「話せる」状態になりたいものです。

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さくらんぼ

さくらんぼ~母と来た道~というドラマのDVDを借りてきて早速観ました。
どこか、何かで聞いて知っていたそのタイトル、しばらく探していた時期もあったので
思いがけず、そのタイトルを見かけてそんな事を思い出し、即レジに向かっていました。

http://www.sakuranbo-movie.com/index.html

(※注:音が出ます)

貧しい農村の家族の物語、なのですが、知的障がいのある母が娘にかける
深い、深い愛情を描いていて、やっぱりボロ泣きしてしまいました。
どちらかというと、そんな母子を見守る父親のそこはかとない優しさに涙してしまう
こともあって、結末はもう少しハッピーでも良かったのではとは思いつつ、読後感
というか観後感は非常に心温まる物語でした。

聞こえてくる中国語台詞は南方方言のなまりの強いものですが、ナレーションが
いわゆる北方R音のようなものがほとんどない、すごく聞きやすいものだったので
ある程度そこだけでも字幕から目を離して原語で楽しみたかったし、楽しめました。

  现在我还记得,小时候跟妈妈一起吃的樱桃。
  我自己一辈子都忘不了,永远都忘不了。

  今でも幼い頃の母と一緒にさくらんぼを食べた思い出は
  一生忘れることはないだろう。永遠に私の宝物として。

この言葉をチェックしたくてもう一度シーンを見返したらまた泣けてきました。
娘や息子がいる世代なら、ほぼ間違いなくノックアウト。お勧めです。

ところで。。
赤ん坊を連れ去られてしまって、桜桃が街を彷徨うシーンの中で、
雑踏に混じってラジオらしき音として聞こえてくるのは確かどこかで耳にしたような。。
候宝林氏と郭啓儒氏の相声(中国漫才)っぽいのですが。。

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カリキュラム

さて、昨年末の中国語検定を些末な事情で棒に振ってしまい、多少「やる気」
を削がれてしまった形になっている中国語だけども、語学は継続が要。折角
「始めた」のだから今年も何らかの形で続けて行きたい。

今年も年初めに立てた「目標」の中のひとつに「語学学習」を掲げた。

・主として「会話力」を磨き上げたい
中国語検定2級取得、を目標とするのではなく、学習の過程で取れるもの
なら取りたい、元々当初はそんな感じだったのだけど、最近は意地で必死に
なってしまってた感もあり、それがだんだん「面白み」を削ってしまう。
だから「初心」に返ろう、そう思う。
また、ロシア語についても同様で、一度ロシア語検定というのも受けてみる
ことにする。どちらも偏ることなく学習を続けて行きたい、その中で重点を置く
のはどちらも「会話力」を上げて行きたい、そんな感じだ。

「会話力」というのはやはり「相手」がいないとどうしたって身につかないもの。
今年、そんな目標を掲げられるのは、「老師」になってくれる人が現れたお陰。
会社の同じビルに同居する別の会社に同じ大学の後輩が居ることがわかり、
中国語を履修したという。年齢的には後輩だが、中国語に関しては大先輩。
今年から本格的に昼休み等に時間を決めて、指導してくれるという。

誠に有難い話。。このチャンス、活かさずにいられない。
そこで、会社の昼休みは曜日別に学習カリキュラムを作ることに。

月曜・ロシア語
火曜・中国語(会話練習)
水曜・ロシア語
木曜・中国語(会話練習)
金曜・中国語(文法・2級対策)

本当、会社に何しにいってるんだ?と言われそうな勢いだけども、こう決めて
行くと何ともいえないワクワク感があって楽しいものだ。

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寒中お見舞い申し上げます

いよいよ松の内も明けました。元より4日から出勤でいきなり、そこそこ多忙な
日々が続いている私としては早くから既にお正月気分はきっちり抜けきって
しまっていましたが…

「リアル世界」で喪中だった為、年始のご挨拶は控えさせて頂いておりました。
メール、あるいはリアル年賀状等でご挨拶を頂戴した方々には改めて、この場
を以ってお礼方々、欠礼のお詫びを申し上げます。


つい先日、久しぶりにリアル店舗でCDを買いました。
「ちょっと気になる」レベルならiTunesで済ませる所なのですが、
それよりは少し踏み込んで知りたい、と思わせるような「何か」を感じ^^、
どうしても「ジャケット丸ごと」欲しくてまずはレンタルショップへ。
ところがあちらこちらの店をあたるけれどもなかなか見つからない。。

よくよく考えればその「聴きたい」と思わせたきっかけの曲というのがかなり
最近の曲だった事に気付き、SELLショップの方に行くとすぐ発見。
めちゃめちゃプッシュ、重点販売、どしどし買ってね的に店正面の一番
目立つ所に平積みされていました。

いきものがかり「ハジマリノウタ」

あ、これ聴きたい!な曲というのは「じょいふる」というタイトルでした。
(ポッキーナベイベー!ですな)

こういう曲を聴いていると自分で演りたくて仕方なくなってきます。
何度か聴くうちにギターパートばかり聴いてたりして…

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亀山先生

もう遥か昔のことなのですっかりお忘れの事だとは思いますが、在学時代、
「外語学部」と言えばどの大学でも「恒例」となっているであろう学祭の「語劇」で、
先生にご指導頂き、アレクサンドル・ブローク作「Балаганчик
(バラガンチク・見世物小屋)」のアルルカン役を演じさせて頂きました。

当時先生が最も傾倒されていたロシア・アヴァンギャルド作品の一つで、
私にはなかなかその作品の素晴らしさを理解するに及ばないものの、もともと
ロシア語の持つ、独特な言葉の響きの美しさが増幅されるように繰り出される
台詞を、目いっぱいお腹の底から発するその気持ちよさに自己陶酔するばかり
で、何ら観客に訴えかけるものはなかったように思えましたが、観客席で拍手を
下さる先生の姿に、達成感も相まって溢れる感動で涙が止まらなかった
想い出は、今尚鮮烈です。

私はその後、ゼミは言語学の方に進んでしまったので、直接関わることが少なく
なってしまいましたが、1年、2年次の頃の「ロシア文化」の講義は毎回とても
興味深いもので、何がしか脱線したか何かでされた「チェルノブイリ(ニガヨモギ)」
の話もまだ憶えていたり、何よりもあの先生の独特な「訛り」が耳から離れません。
(ご自身では全く無い、とおっしゃられてましたが、私のような関西の人間から
すれば、何ともマネのしやすい独特な言い回しでした。)

そんな特徴のある話しぶりも、容姿も全くと言っていいほど、数十年前のあの当時
の姿と変わりなく(頭の白い物は相当増えておられましたが)、お元気にされている
のを観るといつも嬉しく思えます。

そう、卒業後の再会はテレビでした。NHKロシア語講座の講師としてお名前を
見つけた時は本当に驚きました。いつの間にやらあれよあれよと日本の外語の
最高学府の学長にまでなられ、さらには、あの新訳「カラマーゾフの兄弟」を出されて
以降の世間の注目…

またさらに先日のテレビでは先生がメドベージェフ大統領から「プーシキン賞」なるもの
を授与され、握手を交わされている姿を観るにつけ、ついにはかの国でも認められる
仕事をされている先生に人生の一瞬間でもご一緒できたことが誇らしくてなりません。

あの当時でも「教授」とは思えない若い容姿、やわらかな口調、今も変わらない「学長」
とはあまり思えないそのスマートさ。ずっとそのままの亀山先生らしい姿での今後の
ご活躍を期待しています。

…しかし。。先日の爆笑問題の大田氏とのドストエフスキー談義は実に面白かった。
その亀山先生をして「面白い」と言わしめた持論は、私にも特別な興味を持たせた。
本当、いろいろ知っている、というか、彼はよくj勉強しているのだなぁ。。

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中検受験、お疲れ様です!

毎年のことながら、今この時期、仕事が「どピーク」でなかなか書けない、というか
書く気になれない。。私なんかより遥かに忙しく世の中を立ち回っている人でも、
毎日情報を発信し続けている人が居ることを考えると本当にタフだ、と思う。

おかげさまで個人的にもメッセージももらえるので、やはりこう停滞が永くなると
心配をかけてしまい、申し訳ありません。。ここ数日は毎日自宅滞在時間が
6時間を切っているので睡眠時間は推して計るべし…でも何とか元気でやっています。

そんな季節に迎える中国語検定の試験日。

何度でも言うのですが「趣味」で、「好き」でやっているので、「苦労」とは
これっぽちも思ってはいませんが、それなりに「努力」しているつもりなので、
そういう意味ではそろそろ「意地」になっている部分もあります。

実際ここ最近はそんな状態で実質3時間以下の睡眠なのでテキストとノートを
前にすると一瞬で爆睡状態に入る日も多いし、電車内でのラジオ講座も
座席に座ってしまうと、いい子守唄になってしまうし、それでも「継続は力なり」を
実践し続けてきたつもり。

いざ、と迎えた今日(2009年11月22日)の試験日。

試験時間は昼からだし、自宅からは車で10分そこそこの場所にあるので、
気がゆるんで(毎度のこと)昼食もそこそこに、ギリギリの時間にバタバタと出かけ
ようとしたら…車のキーがない。。

スペアのキーも何故かあるはずの場所にない。。

まぁ、こんな時はこんなもので。。

この会場というのが車で10分とは言っても、山登りのような、というより完全に
山登りの坂道を登らないとたどり着けない場所にあるので、歩くとすれば30分
でもまずたどり着けない…それならむしろ逆方向にある最寄の駅へ20分かけて
歩いてタクシーを使おうか。。

他の普通な試験ならOKかもしれない遅刻、リスニングが始まると入場できない
中検のような語学の試験は遅刻は有り得ず、結局断念せざるを得ませんでした。

断念・・・なんとも悔しいものです。

今回をひとつの節目にするつもりだったので、こんな形で肩透かしを食らってしまい
唖然としている。。というのがもっと精確かもしれない。。

今回、原因というのは相方が普段持参している鍵と間違えて持ち出してしまった、
ということ。。「持った感じ」が全く違うはずで、例えるなら男が女物のパンツを間違えて
穿いて出掛けてしまったような感じ(変?^^)なのだけど…今回の無念を口にすると
「間違えない人間なんて存在しない!」と逆上され、怒られてしまったので、
「その通り・・・」と言うしかなく…自分は社会的弱者なのだ、ということを"改めて"思い
知りつつ…^^ 
もっと時間的余裕を持って動く、ということ、鍵のスペアは複数用意するという今回の
自分の本当の過ちをきっちり反省することで、とりあえず自分の気持ちの処しかたに
ケリをつけました。

いやはや・・・"グチ"での再開、全くもってお恥ずかしいものですが、前段の仕事も少し
小康状態、この3連休はきっちり休めるので、この有り余る時間の中で、今後のこと
をもう一度よく考えようと思います。

今日本日受験された皆様、お疲れ様でした。

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千里共嬋娟

但愿人长久、千里共婵娟。
(ただ願わくは人長久にして、千里嬋娟を共にせんことを。)
「せめて願わくば人が健康で長生きして、遥か遠くにいるわれわれ兄弟も
この中秋の名月の夜だけは、月を共にして過ごしたい」
蘇軾「水調歌頭」

憶えておきたい…

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キーホルダー

今日憶えたい単語… брелок (キーホルダー)

сколько стоит этот брелок?
(スコーリカ ストーイト エータト ブレローク?)
「このキーホルダーはいくらかな?」

遥か昔とは言え、大学でロシア語を履修済の私には「基本」編に出てくる単語は
ほとんど辞書を引くこともないので、それこそ知らない単語が出てくると"嬉しい"
やら、"がっかり"するやら…

брелок…私の持っている当時最新の(1984年版)辞書には
「玉飾り」「下げ飾り(時計の鎖などの)」とありました。

なるほど熊野谷先生のおっしゃる通り。

最近で言うところの携帯のストラップもこのбрелокを使うそう。。
ええ・・・めっちゃ「頻出単語」やん。。^^

あと、また数量生格の話でした。前回は年齢でしたが、今回は値段の話。

日本円はиена(イエナ)…女性名詞です。数に応じて生格語尾変化するので

1円 одна иена (アドナー イエナ)
2円 две иены (ディヴェ イエヌィ)

と変化して、

5円 пять иен (ピャーチ イエン)
※5以上、20まで。21から24は1から4までの法則と同じで、以降これが続く。

となります。上手くしたもので、1と2~4までを捨て、5以上のほとんどの数で
「イエン」とするためにわざわざ女性名詞にしたのか・・・と思いますよね。

基本語形である主格単数をиен(イエン)とした場合、男性名詞としての扱い
なので、2~4がиена(イエナ)、5以上がиенов(イエーナフ、あるいはイエノーフ)
になってしまって、疎通しにくかったかも知れない。。

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PopupChinese

9月3日のPodcast番組「PopupChinese」から

与其 A 不如 B
A is not as good as B
与其 A 宁可 B
I'd rather B than A

→B is WINNER


宁可 A 也不 B
as sooner A than B
宁愿 A 也不 B
rather A than B

→A is WINNER

上手い表現です。ちょっと苦手だったこの連語が一発で頭に入りました。

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イスナルィダオオサキ

先週の「まいにちロシア語」は私の地元、奈良が舞台でした。
リューバやセルゲイさんが、しかも法隆寺なんていう目と鼻の先まで来ていた事、
というか、熊野谷先生もいらしたことがあるような事を知り、ちょっと嬉しいような。。

ロシア語の特徴としての性や格による語尾変化。これが都市名等の固有名詞
にも当てはまる場合について少し触れられていたのが興味深かったです。
(私が本格的にロシア語をやりたい、と思い始めた数十年前、中学生の頃手に
とった本の中でも、この事が書かれていて非常に不思議な感じがしたことを
思い出しました。)

例えばモスクワの場合

モスクワ "が" 首都 москва 主格 マスクヴァー
モスクワ "へ" 行く в москву 対格 ヴマスクヴゥ
モスクワ "から" 来た из москвы 生格 イズマスクヴィ
モスクワ "で" 住む в москве 前置格 ヴマスクヴィェ
モスクワ "に" 送られたもの к москве 与格 クマスクヴィェ

こんな感じでモスクワは『モスクワ』ではなくなってしまうのはロシア語学習者なら
既知の通り。(モスクワは女性名詞。男性名詞であるペテルブルグや中性名詞
の他の名前の町はまたそれぞれ別の変化をします)

同じく、日本の都市名も変わるのか…例えば今回の奈良は?といった話題、
だったわけです。
で、このテキストでは変化させない(в Нара)方針で書かれていますが、放送
の中で、東京(Токио)や京都(Киото)などのоで終わる場合は変化させないが
女性名詞(аで終わる)の場合は変化させる事も多い、というコメントがされて
いました。

実際私も大学時代、ネイティブの講師とも変化させて会話していました。
(変化させる方が主流でした)

これが今日のタイトルの「イス ナルィ ダ オオサキ」

「Из Нары до ОСаки」(奈良から大阪まで)

中学の時に手に取った本、というのはその内容の中に
『大阪までのチケット、と言いたい所を「大崎までのチケット」と勘違いして
しまいそうな…』というところが面白かったわけです。

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